N180×加嶋雅彦西陣の伝統をリ・デザイン。NFTから生み出される一点物の西陣織
京の都が育んだ多様性
京都発祥の高級織物として知られ、その響きからして格調高い西陣織。古典的な印象が強いと思われるだろうが、今回の取材で目にしたのは、想像以上に自由で多彩な世界だった。
5〜6世紀に、渡来人により京都周辺にもたらされた絹織物とその技法。平安時代には朝廷の庇護のもと、雅な織物文化が育まれた。皇室のみならず、いつしか公家や武家の注文にも応えるようになり、京の都の一大産業となった。応仁の乱で一度は途絶えたものの、戦火から逃れた職人らは西軍の本陣跡に集い、みごとに産業を復活させた。今日の「西陣織」という名は、その地名が由来だ。
特徴は世界にも類ない、複雑で多様な紋織の技術。この日訪ねた「京都西陣おおば」の主人、大庭左由夫さんが、艶やかな帯を手に歴史的な背景を語ってくれる。
「西陣織は、千年も前から京の都で皇室や貴族、江戸期には裕福な町人たちの細やかなニーズに応えてきました。当時は受注生産でオリジナルなものが要求されましたから、新たな技術を開発しては磨き上げ、切磋琢磨しなくてはなりません。その結果、他の地域にはない多様性が培われてきたのだと思います」
今でも気概のある織屋は、職人と共に新たな技と表現を探求し続ける。その証に西陣おおばは「つづら糸」と呼ばれる撚糸を独自に開発し、唯一使用する織屋だ。さらに類のない多色使いにもこだわって、30色を超える錦織の華やぎは同社ならでは。その配色を決めるのも、織屋としての矜持だ。
個性を発揮し、尊重し合う
一方、創業200年の「西陣安田」を訪ねると、今では同社でしか手がけることができない花街を彩る緞子(どんす)の舞妓だらり帯や、気品ある古典柄が茶席にもふさわしい名古屋帯など、先に見た帯とは異なる趣の帯が掛かっていた。
つまり西陣織とは、この地に受け継がれる織物の総称で、それぞれの織屋には得意とする織りの技法と表現がある。それを極めることが、織屋としての才覚なのだ。
「西陣ではものづくりの心根を大切に我が道を行き、独自のものを作ることで織屋同士が互いを尊重し、認め合っているんです」
そう言葉を添えるのは、6代目の安田建太朗さん。老舗として伝統を重んじ、古典的な優美を守りながら、昨今は帯柄としては珍しい遊び心のある創作柄にも積極的で、愛らしくポップなセンスが女性たちを喜ばせている。
「どこにもない、現代ファッションとしての和装を提案したい」と語るのは、機織り機を自ら8台所有し、風通織の着物と帯を内製している「木屋太/今河織物」3代目の今河宗一郎さん。作業場の書棚には古今東西の美術書からファッション誌までが整然と並び、それらから着想する斬新な色柄で独創性を発揮する。理想の色彩を求めて、自ら生糸を染色することも。黙々と、独自の美の世界を追求している様子が印象的だ。
手仕事の価値を伝える
そんな個性豊かな3社が集い、結成した「N180(エヌ・ワンエイティ)」。名には「西陣のものづくりを180度ひっくり返す」という想いが込められているという。
歴史を振り返れば、衰退と復活を繰り返しながら、常に新しい挑戦をし続けてきたのが西陣織である——。
Bank of Craftは、そんな彼らのチャレンジ精神に呼応する。
白羽の矢が立ったのは、グラフィックデザイナーとしてキャリアを積み、2022年に独立した加嶋雅彦さん。映像やウェブ、紙媒体をミックスしながら、幅広いクライアントの要望に応えるマルチぶりが魅力だ。こだわりは印刷物の制作経験から得た文字のタイポグラフィや色味、質感の表現。今日もその際に培ったアナログ的な感性が、アイデアの創出に欠かせないという。
そんな彼は、手仕事から生まれる西陣織の工程に心惹かれた。
「例えば今河さんの作業場では、束にした生糸を単に染料につけるのではなく、三つ編みのように手で捻ることで色のグラデーションや濃淡をつけているとおっしゃっていました。そうした創意工夫が自分自身の仕事の現場にもあるので、共通しているなと親しみを感じました」
さらに想像していた以上のデザインの自由度、職人技が支える織屋ごとの個性を目の当たりした加嶋さんは、Bank of Craftから「新たな世界が生まれる」と直感したという。
デザインのモチーフには縦線と円を選び、現代的なデジタル的要素と、糸を操る織りの工程のイメージをリンクさせている。表現上で最も苦心したといっていいのが、「立体感」だ。
「織物は平面に見えるかもしれませんが、実際には糸が重なりあった立体なのです」と加嶋さん。今河さんも「デジタルからアナログに変換する試みには様々な制約が伴います」と語る通り、デジタル上のデザインを実物の織物に落とし込むという道のりは、予想以上にチャレンジングなものだったことが伝わる。
導き出した答えは、色のコントラストをつけることによる立体感の演出。それから、非常に細かく色を混ぜることによって“かすれ”たような質感を出すことで、織物ならではの仕上がりを組み込んだデザイン案ができた。
時間をかけたものづくりの美徳
加嶋さんによるデザインはNFT商品として2月20日から販売が開始されている(オンラインショップ「JINNAN HOUSE STORE」にて)。手に入るのはデジタルデータだけではない。デザインを購入すると、今河織物が西陣織のテーブルランナーを、まさに一点ものとして織り上げるのだ。「やはり実物を手に取った時の感動は代え難いというか、大きいです。実際に形となって、人の心が動いた時に成功したと感じられると思う」と加嶋さんは期待を込める。
このプロジェクトに参加することで、日本の伝統の素晴らしさに目覚めた加嶋さんはまだ30代。ゆえにデジタル技術を使ってコンテンツを発信するBank of Craftの試みに、大きな意義を感じているという。
「そもそも織物は、アパレル(衣服)の原点なんですよね」
短い時間で効率よく、大量生産されるものとは違う、人の手で丁寧に、時間をかけて生み出される日本古来の織物の魅力が伝わればと、静かながら熱い想いを込めて語る。
「僕と同じように多くの若い人たちが、日本の文化や歴史を知り、職人の手仕事や、時間をかけたものづくりの美徳と価値を感じてくれたら、今の時代の感性と共に日本のものづくりは変わっていくんじゃないかな、と思います」
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